介護業界の様々な情報をまとめたデータベース

2026/4/7
・ハンセン病患者を隔離し差別を広げた「らい予防法」が廃止されてから30年が経過した。現在も全国の国立療養所には元患者557人が暮らしており、その中には大分県出身者9人も含まれる。感染力が弱く治療で完治可能になった後も、人権侵害は長く続いた。入所者の高齢化が進む中、この歴史を風化させてはならないと指摘されている。
・大分県には療養所が存在せず、出身者9人は熊本県の菊池恵楓園で生活している。1956年には大分から185人が各地の療養所へ移された記録がある。当時入所した元患者は、地域で孤立し家族への影響を避けるため、自ら社会から姿を消すように療養所へ入ったと語る。
・ハンセン病はかつて「らい病」と呼ばれ、強制隔離政策は明治期から始まった。1931年にはすべての患者を対象とする法律が制定され、全国で療養所の整備が進められた。同時に患者を地域から排除する運動も広がり、差別の土壌が形成された。
・その後、保健所による徹底した消毒活動などが恐怖心を煽り、社会に偏見を根付かせたと国は総括している。こうした対応が差別意識を強める結果となった。
・1941年に治療薬プロミンが開発され、日本でも普及したが、隔離政策は続けられた。治療は療養所内に限定され、憲法施行後も法律は存続し、1996年まで廃止されなかった。
・療養所では解剖や不妊・中絶手術の強制など、深刻な人権侵害が行われていた。患者の尊厳は大きく損なわれた。
・その後、元患者が国家賠償を求めて提訴し、弁護団の活動により2001年に国の政策は違憲と認定された。さらに2019年には家族への差別被害も認められた。
・入所者は高齢化が進み、平均年齢は約88歳となっている。後遺症や社会的孤立により社会復帰は難しく、多くが療養所で最期を迎える。遺骨は施設内に納められるケースが多い。
・関係者は、誤った政策が差別を拡大させたと指摘する。現在も元患者や家族が病歴を隠して生活する現状があり、感染症を巡る差別は新型コロナ禍でも繰り返された。この問題の教訓を生かし続ける必要があると訴えられている。






